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032 下着事件

last update Last Updated: 2025-06-15 17:00:09

「そう言えばそうですね。最近直希さんが洗濯してるところ、見てないです」

 食堂であおいと菜乃花が、おやつの準備をしながら話をしていた。

「そのことなんですけど……その話、私たちにも関係あるんです」

「そうなんですか? 直希さんのお仕事が減るのは、いいことだと思いますです。直希さん、ずっと働き詰めですし」

「そう、ですよね……考えてみたら、私たち三人がここで働くまでは、全部一人でしてたんですから」

「休みもなかったと聞いてますです」

「本当、働き者ですよね」

「直希さんには、もっともっと自分の時間を持ってもらいたいです」

「……つぐみさんと、ここがオープンしたばかりの頃に言い争ってたことがあるんです。そんなに何もかも一人でやってたら、いつか体を壊すって。つぐみさん、あの時かなり怒ってました」

「直希さんは、何て言ってたんですか?」

「俺は倒れたりしないって。それはもう、すごい勢いで」

「何となく……想像出来ますです」

「でも、つぐみさんも引かなくて。それでももし倒れたら、このあおい荘を誰がやっていくんだって。だからスタッフを雇って、効率よくしなさいって」

「そういう意味では、今はつぐみさんの思ってた通りになってるんですね」

「はい、確かに今はそうなんですけど……その時直希さん、言ったんです。このあおい荘は、自分がずっと思い描いてきた理想の施設なんだ。今ある他の施設では出来ないことを、やっていきたいんだ。それに賛同してくれる人、自分が心から信頼出来る人に出会うまでは、一人でやっていくんだって」

「直希さん、そんなこと言ったんですか」

「はい。それでつぐみさん、泣いちゃって……あなたが理想としている介護、それは理解出来る。でもその理想を共に背負ってくれる人になんて、簡単に出会える訳がない。あなたの理想は、献身を通り越した自己犠牲でしかないんだからって」<

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